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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(オ)843号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人一松定吉、同海野普吉、同森川金寿、同坂上寿夫、同柳沼八郎の上告理由は後記のとおりである。

同上告理由第一点について。

所論の点に関し原判決の確定した事実の要旨は、「昭和三〇年四月三〇日徳島市全域に亘つて執行された同市議会議員の選挙(以下本件選挙という)に際し、四月三〇日の投票日に判示投票所で投票事務に従事中の事務従事者由利武雄は投票用紙五〇枚を窃取し、これを利用して議員候補者山内安高の面前で同候補者の氏名を記入して偽造された偽造投票五〇枚中約四十二、三枚を翌五月一日の開票日に第二開票所において開票事務に従事中の同事務従事者は秘かに正規の投票中に混入した、その結果、右偽造票はいずれも候補者山内安高の得票として算入された。次に、右開票日に第二開票所で開票事務に従事中の事務従事者西岡敏夫外二名らは、判示のような連絡の下に、開票立会人及び開票管理者の点検を経ずその有効無効の決定を経ていない正規の投票である疑義票の中から約四〇枚を抜き取つて焼却した。開票の結果最下位当選者と最高位落選者との得票差は二〇票であつた。」というのである。

論旨は、原判決が「選挙の管理執行の規定に違反して判示のような偽造投票の混入、投票の抜取等の不正行為がなされた場合に、それらの投票数が算定出来ない場合には、特にこれらの投票の効力、投票の概算数等の観点から明らかに選挙の結果に影響を及ぼす虞なしと認められない限りは、選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものと解するを相当とする」旨を判示したのは公職選挙法二〇五条の解釈を誤つた違法あるものである、と主張する。

しかし、選挙の規定違反があり選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、当該選挙の全部または一部を無効とすべきことは公職選挙法二〇五条の規定するところである。前記原判決の認定にかかる本件選挙に際しての投票の不正混入及び抜き取りが選挙の規定に違反することはいうまでもない。選挙事務従事者のかかる悪質の規定違反は選挙の公正について一般選挙人に対し甚しい疑惑をいだかせるものであつて、選挙の自由公正及び選挙制度の信用保持の上からもかかる選挙の結果を維持することは許されるべきではない。もとより、その混入抜取数が確定でき結果に異動を及ぼす虞がないことの明白な場合は格別、本件の場合のようにその数も確定できない場合においては本件選挙を無効とするよりほかはないのである。論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、要するに、本件訴願の裁決は裁決書に被告県管理委員会委員の署名捺印を欠くものであるから公職選挙法二一九条に違反し無効である、というのである。しかし同法同条は選挙の効力に関する訴願の裁決手続に民事訴訟法の規定が適用若くは準用される趣旨を規定したものではない。選挙の効力に関する訴願若しくは当選の効力に関する訴願には同法二一六条によつて同条所定の訴願法の若干の規定が適用されるに過ぎない。そして、訴願法には、裁決書には委員会の委員が署名捺印すべくこれを欠くときは裁決は無効となる趣旨を定めた規定はない。原判決の確定したところによれば、本件裁決は昭和三〇年一一月二三日開かれた被告委員会で決議されたものでありこのことは議事録に記載されておりその議事録には委員全員の署名捺印があるのであるから、本件訴願裁決を無効とすべき理由はない。論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は、原判決は公職選挙法二〇五条二項以下の適用について判断を遺脱した違法がある、というけれども、記録によれば、所論条項の適用については本件訴願の裁決において説示しているのに、その当否については本訴においては全然争われていないことが認められるから、原審がその適否について判断を示さなかつたのは当然であり、何等所論の違法あるものではない。

同上告理由第四点について。

論旨は、本件選挙の効力についての唯一の異議申立人山内安高は、原判示の選挙事務従事者による投票用紙窃取、偽造票混入に直接関与したのみならず、更にこれによつて原判示選挙事務従事者による投票抜取行為を誘発したのであるから、同人はたとえ右選挙における選挙人でありかつ議員候補者であつても、自ら右選挙の管理執行の規定違反を主張して異議を申立てる適格を欠くものであり、若くはかような異議は異議権の濫用にいでたものであつて、本件異議は不適法のものというのほかなく、従つてこれに基く本件決定、訴願、裁決もまた不適法たるを免れない、と主張する。

思うに、地方公共団体の議会議員の選挙につき選挙人若くは議員候補者が、自ら選挙の管理執行の規定に違反し若くはこれに加担したことを理由として主張する異議は不適法というべきであるが、しかしそうでなく自己と関係のない第三者による右規定違反があつたことを主張する異議は、たとえ異議及びこれに基く訴願、訴訟の審理の結果、異議申立人が自ら選挙の管理執行の規定違反に加担した事実が判明し判決において確定されたとしても、必ずしも異議そのものが当然権利の濫用にいでたものその他不適法なものとなり、ひいてその判決も不適法なものとなるとはいい難い。

本件についてこれをみるに、記録によると、原判示異議の申立人山内安高(本件原告の一人)は本件選挙において選挙人でありかつ議員候補者であつたことは原判決の確定するとおりであり、そして同人の右異議申立の事由としては本件選挙においては選挙の管理執行の規定違反のあつた事実を主張するに止まり何らその違反に自らが加担した事実を主張していないのである。そして本件異議に基く審査の結果、始めて右異議申立人本人が投票所外において自己の面前で自己の氏名を記載して投票五〇枚が偽造されるのを目撃しながらこれを預かり開票日当日開票事務従事者由利武雄の父直衛にこれを交付しその結果これが正規投票中に混入され同候補者得票として算入されるに至つたがそれでも同候補者は落選し右違反は選挙の結果に異動を及ぼさなかつたこと並びに右偽造票の混入があつたため判示開票事務従事者が判示正規投票の抜取焼却を決意したことが原判決において確定されたのであること明らかである。そして原判決の確定した右事実関係によれば山内安高の所論異議申立は未だもつて権利の濫用にかかるものとはいい難く、不適法ではないといわざるをえない。所論は理由がない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官垂水克己の後記少数意見あるほか裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官垂水克己の論旨第一点についての少数意見は次のとおりである。

私は、本件選挙の事務従事者による投票用紙窃取、偽造投票約四十二、三枚の混入や正規投票約四〇枚の抜き取り焼却は、いずれも選挙の管理執行に関する規定違反たること勿論であるが、規定違反があつても、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限りその選挙を無効とすべきこと公職選挙法二〇五条の明定するところであるところ、右違反は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものと断ずべきではない、本件選挙は有効である、と考える。

(一) 原判決の確定した事実によれば、原判示選挙事務従事者由利武雄による投票用紙窃取、持ち出し後、これを利用した偽造投票約四十二、三枚を正規投票中に混入した結果、この偽造票はすべて候補者山内安高の得票として算入されたが、開票の結果それでも同候補者は落選した、というにあるから、右所偽はいずれも本件選挙の管理執行の規定に違反するこというまでもないが、しかし右偽造投票四十二、三枚を同候補者の得票に算入してさえ同候補者は落選したのである以上、右違反は本件選挙の結果に異動を及ぼさなかつたものというべく、これによつて本件選挙を無効とすべきでない。(なお、落選候補者の得票として算入された不正混入票が、例えば三十八枚とか四十五枚とかいう確定数ならば選挙結果に異動を及ぼす虞があり、四十二、三枚という不確定数であればその虞がないというのはナンセンスではなかろうか。)

(二) 次に、原判決の確定した事実によれば、判示開票所で開票事務従事者西岡敏夫らは開票立会人及び開票管理者の点検を経ずその有効無効の決定を経ていない正規投票である疑義票の中から約四〇枚を抜き取つて焼却した、開票の結果最下位当選者と最高位落選者との得票差は二〇票であつた、そして右抜き取りにかかる疑義票は、判示第二開票所の疑義票係の事務として(1)他事記載あるもの(2)単に符合、記号のかいてあるもの(3)候補者でない者の氏名を記入したもの(4)全然白紙のいわゆる白票の区分整理をして開票立会人に回送してあつたもので、事実上その有効無効を確定をすることの不可能なものである、というにある。

また、開票の結果本件選挙の候補者中四〇名(本件(ナ)六号、七号事件の原告三九名外一名)が当選人と決定し一〇名(本件(ナ)五号事件の原告)が落選したことは当事者間に争ないとされたこと原判決の全趣旨より窺うことができる。

右認定事実における次のことは、特別の事情として考慮に入れなければならない。

(1) 抜き取りにかかる約四〇票の疑義票は疑義票係かぎりの一応の判断から或は前記(1)ないし(4)の無効票に属するかも知れない嫌疑があるとして区分整理を終り別扱回送中のものであつて、有効か無効かを事実上判定することのできない、かつ帰属不明のものである。

(2) 当選者は四〇名、落選者は一〇名で、最下位当選者と最高位落選者との得票差は二〇票であつた。

右のことから次のことが考えられる。

(A) 疑義票として別除された約四〇票は特別の事情のないかぎり普通の票よりも無効票を含む蓋然性が多い。

(B) 右約四〇票が帰属不明であるなら、その帰属の蓋然性はむしろ候補者若くはその得票の総数に照らし当選者(四〇名)の分は落選者(一〇名)の分より相当多い筈である。

(C) 右約四〇票はもちろん全部無効かも知れない、全部有効かも知れない。一部無効、一部有効の場合は数十通りある。

(D) 右約四〇票の全部が有効票で落選候補者一〇名に投ぜられたとしても一名平均四票の増加を見るだけである。全候補者五〇名に投ぜられたとみると各候補者につき平均一票未満の増加に過ぎない。全部が当選者に投ぜられ選挙結果に異動を及ぼさない可能性もないことはない。

(E) 右約四〇票が落選者達殊に極めて少数の上順位落選者にのみ集中的に多く投ぜられたであろう特別事情は原判決の認定しないところである。

それであるのに、「右抜き取り票約四〇票はすべて有効票かも知れない、その全部若くは大半は最高位若くは次順位の落選者に投ぜられたかも知れない可能性がある、それゆえ右抜き取りは選挙結果に異動を及ぼす虞がある」というのは、特別事情から出て来る推測とは逆方向のものであり、少くとも飛躍である。多数意見はこのような傾向の考え方であつて、私は賛成できない。

思うに、「異動を及ぼす虞」の有無は本件具体的事実に即し選挙のやり直しの必要性とにらみ合わせ事件についての具体的妥当性を考えて価値判断されるべきものである。この「虞」が抽象的にあつても具体的に極少であつて選挙やり直しの価値なしと認められる本件のような場合には「虞なし」というべきである。私は、原判決認定の事実関係の下では原判示の規定違反は、甚だ悪質のものではあるが、すべて本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるというに足らない。本件選挙の結果に示された市民の総意はそのままに維持されねばならない。当裁判所としては原判決の一部を破棄し、被上告人がなした原裁決を取り消す言渡をすべきである、と思う。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 高橋潔)

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